2008年08月23日

あなたはそれを見る立会人  和尚OSHO

しあわせがやってくる。
思い出しなさい。これもまた過ぎ去ることを。
そのうちにだんだんと、あなたと気分のあいだに距離がつくられる。

あなたはもう気分と自分を同化しない。

あなたはそれを見る立会人となって、
見物人のようにただ見るだけだ。


もうそれに関わることなく、無関心になっている。

つまり、あなたがたのまわりにいる人はすべて鏡だ。
反射し反映しているということだ。
それは彼ら自身の反応であって、
何ひとつあなたに関して語っているのではない。

どうして彼らに語れよう?
あなた自身、自分のことなど何ひとつ知らないのに、
どうして彼らにわかるというのだね? 不可能だ!
彼ら自身だって、自分のことがわからないのに
どうしてあなたのことがわかろうか?


posted by ネオ at 09:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あなた自身が邪魔  和尚OSHO

憶えておくがいい。
<神>はいつあなたの扉をノックするかわからないと。
よく見ていなかったら、あなたがたは見逃す。

<神>は犬を通してノックすることもあるし、一輪の花でノックすることもある。
鳥が飛び立つ・・・・・・。<神>はそこからノックすることもある。

あなたがたの扉をノックするために、<神>はあらゆる機会を使うのだ。

油断せず心していなさい。
<客>が来たとき、あなたが眠っていることのないように。
<客>があなたの扉をノックするときには、家はすでに<客>のために整えられ、
あなた自身の用意もできているように。
あなたのハートが受け容れる準備ができているように。

心して見ていなさい。目覚めて見ていることで、少しずつエゴは死んでいく。
なぜならエゴとは、ぼんやりしたマインド、
油断しているマインドによってつくられるものだからだ。

見ていることを通じて、立会人のように見ていることを通じて、
エゴは死んでいく。


そして、あなたが死ぬまでなにひとつできはしない。
posted by ネオ at 04:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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